「雪峯」が焼成中に火割れを起こした原因は高台にあったのではないでしょうか。 高台の周囲(高台脇)を深い溝が取り囲み、高台内は光悦茶碗としては異例なほど深く抉られていることがわかります。注目すべきなのは、画像のように茶碗を伏せた状態では高台内が高台脇の最も高い部分のライン(茶碗を普通に置いた状態では外側の一番底のライン)よりも下まで入り込んでいることです。 これは、焼成前には高台が今見られるよりも高かった(長かった)ことを示しているのではないでしょうか。 上の画像は「雪峯」を伏せた状態で真上から見たものです。 高台脇には深く抉ったように溝が廻っています。この溝は意図的に付けられたものなのでしょうか。 高台脇を仔細に見てゆくと、溝の縁が下(茶碗を置いた状態では上)に向かって引き込まれたようにたわんだ部分があることに気付きます(緑色の線で囲んだ部分)。 また溝の縁がカギ裂き状になっている部分も何箇所か見られます。箆や釘のような道具で意図的に溝を付けたとしてもこのようなカギ裂き状の縁にはならないでしょうし、なったとしても滑らかになるように修正するのではないでしょうか。 高台脇に深い溝を付けるということは、胴の重量を支える肝心な部分をわざわざ脆くすることになりますから、そのことに合理的な理由を見出すのは難しいように思えます。同様に装飾的な理由も私には思いつきません。 一方、茶碗の内側、茶溜まり(底部)を見ると、画像では判り難いですが隆起しています。そして隆起した底部の裾には亀裂が入っていて金漆で繕われている。 茶溜まりというのは、茶を点て易く、あるいは練り易くするために茶碗の底に設けられた窪みで、その部分を逆に出っ張った形状にするということはまずありません。 光悦茶碗の特徴の一つにこの“茶溜まりを設けない”という点が挙げられますが、ではその逆に底部を意図的に出っ張らせた茶碗はあるのか、といえば、そのような茶碗は一つもありません。 この「雪峯」の隆起した底部は偶発的に生じたものだと考えられます。 つまりこれは高台が胴にめり込んで下から突き上げた結果、茶碗の底がポッコリと盛り上がってしまったのだろうということです。 高台内が底のラインよりも入り込んでいる(上げ底になっている)、光悦が造ろうとした高台よりも低くなってしまったのはこれが原因でしょう。 高台が胴にめり込めば、高台脇の土には無理な力が掛かり歪みが生じて、土が切れたり割れたりということにつながります。 「雪峯」の最大の特徴である金漆で埋められた亀裂は、上方は口縁まで達していないようですが下方は高台脇の溝まで達し、亀裂を境に土は左右に分断されています。 高台や高台脇の溝の様子、茶溜まり(底部)のことも踏まえて考えると、次のような推論が可能かもしれません。 窯に入れて間もなく、あるいは窯に入れる直前にはすでに高台の胴へのめり込みが起こっていたが、それには気付かずに焼成を開始した。 → 一部、高台脇の土(2枚目の画像の緑色で囲んだ部分)を引きずり込むようにしながら更に高台が胴にめり込み、茶碗の底を下から突き上げ内側に隆起させる。 → 高台がめり込むことによって高台脇の土には無理な力が掛かり、歪んだ土の高台脇から腰にかけて上方に向かって亀裂が入り始める。 → 亀裂の進行は口縁の少し手前で止まるが、焼成が進むに連れて土が収縮し亀裂が拡がり、高台や高台脇の土も同様に収縮することで溝が拡がった。 茶碗は窯での焼成の過程で収縮します。収縮することを計算に入れて一回り大きく造るのです。 高台や胴などの部分や土の厚み、釉薬の性質や掛け方などによっても収縮率は異なるのかもしれませんが、「雪峯」の胴の場合は金漆で埋められた亀裂の幅の分だけ、焼成によって土が縮んだということになります。 高台が胴にめり込んで高台脇に丸く輪状に亀裂が入れば、亀裂を境にして高台と高台脇の両方の土がそれぞれ縮むことによって、当然亀裂の幅は拡がることになります。 すると、こう考えられないでしょうか。 焼成による土の収縮を考慮すると、仮に光悦が何らかの理由で意図的に高台脇に深い溝を付けたのだとすれば、今見られるよりももっと幅の広い溝になっていてもいいはずではないか、と。 つまり、光悦が付けた溝の幅+収縮分(=金漆の幅)ということです。 しかし胴の亀裂の幅と高台脇の溝の幅を比較しても大きな差はないように見えます。 そして亀裂と溝の幅に大きな差がないことから、胴と高台脇の収縮率が同程度だったとすれば、光悦が高台脇に付けた溝は竹串や針で付けたような極めて狭い幅の溝だったということになります。 何故なら、同じ幅の胴の亀裂は何もないところに生じ、亀裂の両側が収縮することによって今見られる金漆の幅になったわけですから。 そんな針先で付けたような極細の深い溝を高台脇に付ける理由があったのでしょうか。 結局、胴の大きさに比べて高台が小さ過ぎたということではないでしょうか。 「雪峯」は恐らく光悦茶碗の中でも最も胴や口縁の肉取りが厚い、重い茶碗でしょう。にもかかわらず高台はアンバランスなほど小さい。小さい上に他の光悦茶碗と比べて高台が高かった。 高台が高くなればその分の負荷も増え、その増えた負荷が小さな高台の付け根の小さな面積に集中することになる。 高台が胴の重量を支え切れずにめり込んでしまい、その結果生じた歪みと焼成による土の収縮が相俟ってあのような大きな火割れを起こした、というのが真相ではないでしょうか。 では何故、自重を支え切れないほど、胴に比してアンバランスなほど高台を小さくしたのでしょうか。 そこには光悦なりの美的な理由があったのかもしれません。 つづく
by otogoze
| 2008-02-11 18:15
| 陶芸
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